インドシナ

その美少年は、女の子に誘われたので、週末は泊まりがけで一緒に温泉に行くと言う。いってらっしゃいませ、と言う私に、「君も行かない?全額出してくれるってよ」。
いや、私のは出してくれないと思うよ。たぶん。


田舎の名家出身(嘘)なのだし、もう26歳なんだし、根暗ではあるが一見明るいし(見た目はイマイチだけど)、見合いのひとつくらいないんかい、と思ってたのだが、まあ今の世の中、そう世話好きのおばさんなんておらず、見合いの話がまわってくることなんて滅多にない。むしろ、お見合いパーティーとか、異業種交流会とか、自力で見合いの場を得られるだけ、東京の方がチャンスは多い。東京出身の人と話をしていると、「いいじゃん実家帰って金持ちと結婚すれば」とよく言われるが、もうちょっと気の利いたことが言えないもんかといつもうんざりする。田舎には結婚を切望する冴えない金持ち男が転がってるとでもいうのか。もちろん、冗談だとわかってるからそうだよねーと笑っておくけども、たいしておもしろくもない。
そんなおり、以前自宅のパーティーに招かれたことのある、母の友達の東京在住の娘さん(既婚者)からメールがあった。「よろしければsumikkoさんに紹介したい人がいます。同郷出身で大学時代から東京に来ていて、今は働いてるの」。わお。こういうのが現代版お見合いってやつですね。断る理由もないし、会ってみますか。


昨日はしんしんと飲んだ。薄暗い居酒屋で、時折開閉する引き戸から流れ込んでくる、夜更け過ぎに雪へと変わりそうな雨の空気を感じながら、熱燗をひたすら飲んだ。そのまま、ぬくもりが冷めないうちに眠った。起きるといつもより1時間遅かった。まあ仕方ない。外は白いし、体はまだ昨日のぬくもりをとどめている。特に焦ることもなく、着替えて出社。20分遅れの電車の中で聴くのはキリンジの「千年紀末に降る雪は」。今年は桜の開花が遅いと言う。未だに、降りしきる桜の花が肩に積もる午後は再会に最適だと信じている。それが10日も遅れるなんて。
雪の朝の妙な車内の空間に身を滑り込ませて、思う。
香水の移り香。ホームで違う方向の電車に乗る瞬間。人混みの中、階段を降りてくるその人が、本当にその人なのか、確信のない不安。
そういう恋の想い出は、ありふれていて、はたして自分の想い出かどうか、わからない。それが本当に大切なものなのかどうかも思い出せない。でもそれ以上に大切なものも思いつかない。
ただ、桜の開花を心待ちにしている。


死ぬ少し前のグルダシューベルトを聴いた。あまりに、静かで、美しい。とても哀しい気分になった。恋人に、こんな演奏をされたら、たまらないな、と思った。微笑んで聴いているしかないだろう。
多和田葉子の「旅する裸の眼」。夢中で読んでいる。ストーリーの半ばで出てくる「インドシナ」は、高校1年の頃観て、衝撃を受けた映画だ。それまで私の中で1930年のフランスは、悪だった。継母のカトリーヌ・ドヌーヴが非常に美しかった。もうずっと観ていない。今日はまた、あの映画を借りてきて観ようかな。

シューベルト:即興曲集D899、楽興の時D780、ゴロヴィンの森の物語

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インドシナ [DVD]

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