きっかけ

才能のある人に弱いの、カレはどうみても芸術家タイプなのに、本人はふつうでありたがってるんだよね、という彼女の言葉に珍しく闘争心を燃やし、私は超ふつうで凡庸で、見た目も言動もノーマルな人が好き、優しさが一番重要で私を愛してくれればそれでいい、と言った。なんだ?この負けず嫌いは。


バレンタインだ。バレンタインか。
今年は物心ついてから初めてチョコを買わなかった。別に特にふてくされたとかやさぐれたとかじゃなく、チョコを買うような状況じゃなかった。ばたばたしてたし、心を躍らせてチョコを買うのも今更って感じで。
しかしだ。せっかくバレンタインなのだし、その人にとってはついでとはいえ逢えることになっているのだし、取材で外出するついでに買ってみようかい。ということで、銀座の三越に寄ってみるも、なぜ。なぜ平日の昼間にこんなに暇な人が多いの。しかもチョコはどれもいまいちに思う。どれも同じに思う。あ、かわいい!と思うと3000円とかしやがってこの帝国主義者め。時間もあんまりないし、やめよーと思って店をでたところで、せんべい屋が目につき、ああ、チョコよりもせんべいの方が好きだろうなーと思ったらバレンタイン仕様のせんべいがあったので買ってみた。小さなハート形のせんべい。買ってはみたんだが、全然気分が盛り上がらん。
学んだ。バレンタインにはチョコを買わなければならないんだね。この際、ゴディバでもいいさ。なにも2週間前までに予約して幸福のブタのチョコなんて手に入れなくてもいいし、オリジナルの甘さのチョコレートなんてオーダーしなくてもいいけど、バレンタインにはチョコレートというのは、きまりなんだね。
クリスマスにはチキン。とりあえずビール。恋する女の子なら、バレンタインにはチョコレート。
あーあ。せんべい。ハート形のせんべいだ。せめて美味しいといいなー。せんべい。


パット・メセニーの新作の良さはイマイチ私には分からない。好きか嫌いかで言えば、私は好きじゃないんだけど、でも意欲作らしい。

私がその人を好きなのは、莫大な知識と緻密な分析力をもちつつ、感覚も大切にしているから。その人の、第一声を聞くのが私はいつも、とても、楽しみ。
私はグールドが好き。バックハウスが好き。理由なんかなくて、聴いていて気持ちいいから好きなだけ。だけど、秘密を知れば今までつまらなかったものが輝いて、こんなにも世界は楽しいんだね。そんなことはとっくに知っていたはずだけど、今、本当にそう思う。私はようやく自立して、自分のために知りたいと思い始めた。
それでもやっぱり「きっかけ」はその人で、相変わらず「きっかけ」という言葉を使ってしまう私だけど。わからない。わかるのは、たぶんこれ以上に私が満たされることはもうないということ。こういう、開放的に諦めに向かう失恋もあるのだと、学んだ26歳。来年はバレンタインにチョコレートを買おうと思う。