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sumikko2005-02-13


週に3日は飲まない、という誓いは守れなかったが、酩酊はしないという誓いはかろうじて守っている。昨日は六本木ヒルズにて女の子4人で延々とお茶をした。かつては、女の子がたくさん集まってべちゃくちゃ喋るのが苦手だったが、今ではいいと思う。無駄にべちゃくちゃ喋るのも、いいと思う。会社や彼氏の愚痴ばかりが延々と続いても、いいと思う。昔は全く許せなかったが。その後いったん抜けて美容院に行き、また合流してビストロでワインを飲んでごはんを食べた。美容院のため抜けた3時間をひいても7時間半も一緒にいた。かつて恋人に、一緒にいるのは週21時間までにしない?と言ってひどく嫌われた私からは想像もつかない成長ぶり。その後、別れて電車の改札へ向かう途中着信があり、さらに飲む羽目になった。訪れたイタリアンバー(?)はなんとカンパリのボトルキープができるという粋なところで、二人で一本ボトルを入れたが一日でほぼなくなった。後半甘さに体がだるくなって、これは、体に悪いわね、といいながら、カンパリを飲み続ける。おそらく人生で一番カンパリを飲んだ夜。


今日は根津にある秋田の郷土料理を提供する店で、津軽藩旧正月の料理をごちそうになった。食に対する考えが、変わりました。と、いうより、思い出しました。子供の頃、年の瀬は28日頃から私の母はおせち料理を作っていた。一品一品丁寧に、時間をかけ丹念に。子供の頃はそれが全く好きではなくて私はうどんを食べていたけれど、甘い卵とかまぼこは好きだった。最近では母も歳をとり、長時間台所に立つのは苦痛だし、家族もそうおせちを要求していなかったのでそう熱心ではなくなって、幾品かをつくって形式的にお正月ムードを味わっていた。今日思い出したのは、幼き日食べた、あの味。味自体ではなくて、その料理の持つ意味。旨い、不味いは抜きにして(いや美味しかったですよ)、とにかく、食は文化なのだということを思い知った。一品一品、一体どれだけの手間がかかっているのだろう。決して派手ではないのだが、料理から正月を祝う気分が伝わってくる。晴れの日の料理。今ではこの料理を作れる人はごくわずかだろう。現在もてなすのは御歳75歳にはなろうかというおばあちゃまでそれはそれは美しく快活な方なのだが、後継者はもういないかもしれないと言う。この料理は文化財だ。素晴らしかった。人生のうち、一度は食べたい料理だと思った。食べられて良かったと思った。夢のような一夜だった。しかし、塩辛い。塩辛すぎる。ポテトチップスも食べられぬほど塩味の苦手な私。東北の料理は全般的に塩辛すぎた。帰り道、コンビニで(根津にはコンビニもまばらなのです)エビアンを1リットル買って飲み干したよ。

その後新宿でもう一軒。電車で帰るのを諦めていたら、意外にも新宿発の終電は私の予想より30分も遅くて、電車で帰ることができた。ラッキー。帰りの電車で、ヴァレリーの「ムッシュー・テスト」の中のマダム・エミリーテストの手紙を読んでちょっと泣いた。共感した、という言葉はあの人のひどく嫌う言葉だ。彼はきっかけという言葉も嫌ったが、それは感覚としては分かるが、まだ府に落ちていない。もっと学習が必要だ。iPodからはラフマニノフのヴォカリーズOp.34No.14が流れてくる。とても好きな曲。
電車は丘の下に着き、私は深夜の丘を一人で登る。先週から始まった梅祭りの屋台は青いシートの下にうずくまっている。まだ梅は満開じゃない。来週になれば、きっと闇夜に白い花が浮かぶだろう。ふと空を見ると、灰色の空につきだした裸の木の枝に、赤や緑の風船が引っかかっている。黒のバリエーションで繰り広げらる世界になぜかそこだけは原色で、それはまるで、新しい果実のよう。種のない、果実を見るような居心地の悪さが私を襲う。だけど、それは私のようなもの。そう、私のようなもの。