軽さ

成瀬巳喜男の「放浪記」を観た。良かった。女性の表情が実に多様。一人の女がもついろいろな側面が描かれていて、すごい、と思った。女のだめさ加減がとてもいい。たぶん女があれを描いたら、赤裸々になりすぎてちょっと白けてしまうんだろう。来週は「山の音」。これも絶対みにいくぞー。なんてったって原節子がでるからさ。


ダイエットをしよう、と思って忘れていた。今日、ヒルズのヴィヴィアン・タムの前を通りかかって、憧れていたデニムを見て、あっと思い出した。はてなで下半身出しをするとか言いながら、全然だめ。あー。ダイエットダイエット。でも私、空気を食べても太っちゃう体質なんだよね。超低燃費。エコライフ。未来型。あー。燃費の悪い体になりたい。


先日の修羅場以来、疎遠になっていた美少年が不機嫌にやってきた。夕方の駅前の人混みの中でも彼は目立って美しく、私は今でも、この人が本当に私を待っている人なのかしらと疑いながら、近づく。やがて彼は私を認識し片手をあげる。私はこの現実に、感動する。雑多な居酒屋で焼き鳥とビール。美少年の不機嫌は続く。二人で黙々とビールを飲む。カシラ、軟骨、紫蘇ささみ。ボンジリ、レバー、手羽先梅和え。食べた部位で鶏が一羽組み立てられないかしら。ぼんやり新種の鳥を描いていたら、ずっと黙り込んでいた美少年がようやく口を開く。
人を愛したことがある?
私は、思わず吹き出して、彼をさらに不機嫌に追いやる。さすがに私も大人げないと思い、無邪気に彼の機嫌をとってみる。ようやく、いつもの彼が戻ってくる。だけど珍しく何かに傷ついた風情は魅惑的で、私はそれが消えてしまうのは、少し惜しいと思う。
私は未だに週末の夢(もしくは悪夢)から醒めなくて、体のどこかが痛いと思って過ごしている。現実に、肉体に刻みつけられた痛みすらなければ、どこで痛みを感じていいかもわからぬままに、なにかが痛いと思って過ごしてしまう。いつものように痣を見つめられたらラクなのに、と思って、いかんこれじゃあマジでMだわ!と髪を掻き乱し頭を振る。ふと、私を見つめる彼の視線に気づく。こういう空気は知っている。どこかで歯車が狂っていく。違う二人になる。ああ、もう。どうしよう。ビールでもぶっかけてみようか。
「そりゃあ、あるさ」。答えて、いきなり自信が揺らぐ。
人を愛したことがあるかしら。
店をでる。駅まで歩く。外は霧雨。寒くはないけど、息が白い。
昨日もいたわ、この駅に、ほぼ同じ時間に、夢中で。まだ24時間前のことなのに。
電車に乗る。電車を乗り継ぐ。もうすぐ別れる駅が来る。相変わらずのきれいな瞳で美少年は、自分のことが好きか、と訊ねる。かつて愛した男に習って、なにより目の前のこの人を真似て、私も嘘、偽りはやめてみる。
好きだよ。
言った途端に涙が溢れる。嫌悪。
誰に対して?先日、君を愛する女の子を、いともあっさり傷つけた、君に対する嫌悪はそのまま自分へ向かう。報復じゃないよ、分かってる。それが君の愛し方。だから、私は私自身がラクになるために、君と同じラインに愛を持っていった。でも。
嫌だ。
それは私の愛し方じゃない。
この涙の意味は不明だろう。でも、涙の意味はいつだって誰だって不明なんだろう。
そして、この美少年もまた、永遠に彼の望む形の愛は手に入らないのかもしれない、と思う。
「存在の耐えられない軽さ」という本があったね。映画にもなってた。まあ本と映画は別物だと思った方がいいけど。いや、その本や映画の内容とは全く関係なく、ふとその字面だけが頭の中をくるくる廻った。


できるだけ、軽くなりたい、と思う。でも体質はあるのだ。無理して軽くなっても、絶対リバウンドしてしまう。そう私は、食べても食べても食べても太らない君たちとは違うのよ。むしろ食べたものどころか、食べてないものまでどんどん身につけてしまうような。

だけど、やっぱりあなたは言うのかしらね。
抱きしめがいがあるから、君はいいね、と。