戦争

特に愛してはいないけどつきあっていたり、愛の言葉は幾度となく聞いたけどつきあってはいなかったり、世の中はいろいろ大変だと思う。


今日は難解なメールが多かった。午前中ひとつ、懸念事項のメールを返信したあと、ランチから戻ると同僚から仕事の相談メールが届いていた。深刻な内容の最後に、どうしたら巨乳になれるんですか?と結んであった。断っておくけれど私は巨乳ではない。貧乳でもないが、たぶん下着の売れ行きで言ったら一番よく生産され、よく売れるサイズではないかと思う。生産量が多いからバーゲンにはそれなりの数はでるが、レアなデザインはやっぱりバーゲン前に売れてしまうタイプ。男の人には下着のバーゲン会場の模様が想像つかないだろうけど、女性の群れをかき分けて、なんとか好みのデザインのブラジャーを求めてワゴンを引っかき回す自分は想像するだけでうんざりするが、下着は毎日絶対着るものなのに高い。バーゲンは行かざるを得ないのです。だからA80とかF65なんて羨ましい。ワゴンも空いているし、あ!あのスーパーラブリーなブラジャーが残ってるーいいなーとか思う。なんてことを思いながら、私は特に胸に関しては悩んだことがないのだが他のパーツに関しては不満だらけなので「いいじゃん、胸なんていくらでもごまかせるし、顔がかわいいんだから」と返したら、「最終的に胸です」という返答が来た。そうかなー?胸より顔だろう?顔。フェイクの胸なんて見破られなければこっちの勝ちだが、不器量はどうあってもごまかせない。まあ人の好みなんてそれぞれだしねー。巨乳だとなぜか吹き出しちゃうっていう男友達もいるし。好みと言えば私のかつての恋人は、みんなが「へー」というほど私には不釣り合いなレベルだったらしいが(失礼な)、「どうしてsumikkoさんは美男子が好きなの?」という質問に、私は「好きだから」と答えるしかない。ポイントは「釣り合い」じゃなくて好みね。不細工でも美男子でも美人が好きな男は美人が好きだし、不細工でも美男子でも不器量な女でも気にしない男は不器量な女でも気にしないらしい。だったらせっかくなら私は不器量な女でも気にしない美男子がいいわって感じで。


本日は小澤征爾指揮のウィーンフィルニューイヤーコンサートを聴きながら仕事。昨日はひさしぶりに失敗ばかりの一日で、本当に死のうと思った。夜は飲みに行きたいけどお金もないし、さらに先月の国際電話代の請求がきて、アメリカと違ってヨーロッパまでの通話はやっぱりまだ高いんだわと心底がっかりした。3月に入ったばかりだというのにこの一月を12000円で過ごして行かなくてはならない。無理じゃん。ランコムのコスメは次々と新しくなる。ウィンドウには新しい洋服が次々と並ぶ。アクセサリーも春、を通り越してすでに初夏を匂わせる。私はミスターミニットの丸椅子で間抜けな黒スリッパをぱたぱたさせながら、未だ支払いの終わっていない踵の欠けたピンクのサンダルの修理を待つ間、耐えきれずカードで買ってしまった三崎亜記の「となり街戦争」を読む。あー、冴えねーな。お金があってもとりたてて冴えないがお金がない26歳不器量女は本当に冴えない。世の中にはお金がなくても冴えてる人もいて、私はそういう女でありたかった。気分転換にこのところのフラストレーションの原因について考える。おそらく出張がないせいだろうという結論に至る。3年近くの間、出張で日本全国(うそ、極北と極南だけ)に行っていたが、こないだの9月に転職してから出張はぱたりとなくなった。まあ体力的にもきつくなってきたし、それを望んだにせよ、やっぱり出張は好きだ。出張が好きでした。どこかに行きたい。どこかに行きたいと言えば、この夏、久々にヨーロッパに旅することにしたのだが、イタリアは決定なのだけど、中欧とスペインで迷っている。ずっと悩んでいる。考えすぎて髪型が崩れそうだ。


2年ほど前から私的に禁制していたアブサンだが、約一世紀ぶりに公的に解禁になったついでに、私のアブサンも解禁にする。その人が取り出したのはオランダで買ってきたという小瓶のアブサン。アルコール度数は67%とある。水で白濁させるのは楽しいが私の好みの味じゃない。トニックウォーターや、オレンジジュースに、数滴垂らして飲む。アンジェイ・ワイダの「灰とダイヤモンド」を観ようと試みるが、プロジェクターが投影されるはずのスクリーンには芸術家のひらめきの痕跡。原色でペイントされたスクリーンはとても映画を映し出せる代物ではなかった。とりあえず壁にレンズを向けてみるが、波模様のベージュの壁に映し出される映画の字幕は読みづらく、すぐにやりすぎ感のあるマチェックもストーリーもどうでもよくなってしまった。私は持参したシャルトリューズエリクシールヴェジェタルというアルコール度数70%のリキュールを、角砂糖に含ませて口で溶かす。エリクシールならではの楽しみ。聞きとれぬ外国語の言葉の間に、ショパンポロネーズが流れる。生まれて初めてショパンで踊る。戦争のことなんかしらないわ、と思う。

帰り道、あまりの寒さに、唾を飲み込んだら急に耳のつかえがとれて、物事がクリアーに聞こえるようになった。何年ぶりだろう。こんなに音が明瞭なのは。何も聴いてなかった、私の耳。いくつの大切の音を聞き逃したの。今分かるのは、すでに聞き逃してしまったものに莫大な価値があったということ。せめて今日聞き逃したものは、まだ取り戻せるかしら。

となり町戦争

となり町戦争