そんなあなたが創り上げる私の世界の一部

sumikko2004-12-29

初めて贈る香水の匂いは一生身体に染み付いて、いつでもどこでも容赦なく蘇る。だから香水を贈る時と場合と相手については、処女を捧げるよりもずっと慎重に選ばなければならない、と私は思う。残念ながら誰もそんなこと教えてくれなかった。女の子が香水を贈ることができるのは一生に一度きりだなんて。


差し出された包み紙の中身は容易に推測できる。ごまかして立ち去りたい気持ちを押さえつけ、上品なラベンダーの包装紙にかけられた光沢のある細いリボンを、恐る恐るほどく。現れたのは淡い紫のボトル。あらまあ、と呟く。続きは心の中で叫ぶ。勘弁してくれよ。
だけどこの香水は先日私自身が、こっそりと憧れつつもまだ私には早いわねと諦めたもの。殴りたいし抱きしめたいしコップの冷水をぶっかけたい。嘘つきの私はそんな衝動を押し隠し、相手の目を見据えて無邪気にありがとうと言える女。それでも、ごめんなさい、と心で言う。思いやりがあるのも残酷なのもいよいよ一緒だ、と思う。


昨日は仕事納め。夕方から行われた納会には、形ばかり姿を見せて途中でさらりと退散。渋谷のワインバーに行く。ボルドーから少し内陸に入ったマディラン地区の白ワイン、爽やかな蜜のような香りと草の香りが素敵なロワールの白、スパイシーな香りが魅力のシラー、ニューフェイスながら複雑なアロマと重厚なボディで今後が楽しみなボルドーのシャトー・ド・ベルラ・カピターヌ、最後にカンヌ沖の小さな孤島で修道士が作っているという圧搾を加えない葡萄果汁が嫌みのないボディを生み出す赤ワインを飲む。グラスで頂くものの、これだけ飲めばかなりの量。地球は幸せに廻る。体温が上がり新しい香水が開花して、立ちのぼる香気に思わず顔が赤らむ。でもわからない。美味しいワインのせいかもしれない。


目覚めるまで寝ていた。目覚めても余りに静かで本当に目覚めているのか確信が持てなかった。誰の心臓の音なのかも分からなかった。体の中は宇宙だとぼんやり思う。おそらく昼前だろう。薄暗い部屋の様子から、肌が感じる水らしき匂いから、外は雨かなと思うけどこの静けさは不審。空気はいやに冷えている。手を伸ばして携帯をたぐり寄せる。11時30分。しばらくして外を見て、ようやくわかった。雪。


薄暗い部屋で洋服を着ながら、ふと思い出す。「俺たちみたいにいい男はぶさいくな女としか付き合えない」。いつどこでどういうシチュエーションで耳にしたのか全く覚えていないけど、この言葉は強く心に残っている。私は、そんな男に愛されたい。


体の節々が痛く、先日のジムの後遺症かと思う。あまりに遅い筋肉痛の到来で、自分の加齢ぶりに驚く。しばらくしてこれが風邪の兆候だと気づく。葛根湯を飲む。セーターを着込む。毛の靴下を履く。そして明日からの帰省のため、部屋を片づけ荷物をまとめ始める。声がおかしい。あー、あー、マイクテスト、マイクテストと言ってみる。その後いろいろな言葉でマイクテストをしてみる。「続いてはお父さんの登場です」「遠い地変線が消えて深々とした夜の闇に心癒されるとき遙か雲海の上を音もなく流れ去る・・・ジェットストリーーム」「昨日いいこといってたけどアイツ・・・テーブルにはロミーナの空き袋とカップがふたつ」。脳は断切して口からダイレクトに言葉が溢れてくる。やさしいひとがやさしいひとが、とつぶやいて、ようやく脳に言葉が還る。グラスを洗うゴム手袋に涙が落ちる。回路が繋がった。

夕方から渋谷にでる。もうちょっと遠くまで。銀座まで。今年初めての本格的な寒さ。デパートは閑散として、私はゆっくりとウィンドウショッピング。ピアス、靴、鞄、傘、ブラウス、下着、本、CD、サングラス、化粧品、オーディオセット、冷蔵庫、髪の補修剤、皮の手袋。欲しいモノは数限りない。なにもかも、本当に欲しい。心から欲しいよ。「男はお買い物と一緒、あきたら捨てちゃうの。本当に人を好きになりたいな」と言うそこそこ美人な知り合いがいたが、そんな淡泊な彼女が羨ましい。私は今この瞬間、嘘偽りなく全身全霊で大好き。
ageteのディスプレイは清々しい春色のアクセサリーが並んでいて、窓の外のみぞれ模様に意外に調和する。東京だ、と思う。実家に帰るのはたった5日間。夏の終わりにも結構長い間帰ったのでそれほど久しぶりじゃない。それでもある程度の覚悟を必要とする。次に東京に帰ってきたとき、なにもかも変わっていたらどうしようと思う。だから愛おしい東京のすべてを体に刻みつけたい。それでも私が最も忘れたくないものはすりぬけて、今頃どこかでまた誰かの傷になっているのかしら、と思う。