sumikko2004-12-26

子供の頃、ものすごく好きだったマンガは「うる星やつら」。ラムちゃんのコスプレばかり人の心に残りがちですが、とてもおおらかで壮大な設定で、すばらしいマンガだったと思う。良いマンガだと人に勧めるようなものではないけど(ええ本当にくだらないんです)、私の最も好きなマンガはと言われれば「うる星やつら」と答えると思う。登場人物はそれぞれの特徴(怪力、閉所恐怖症・暗所恐怖症、雪女など)のみで描かれていて本人がそれを語ったり悩んだりすることはない。まあ竜之介みたいに女なのに男として育てられていてそれをコンプレックスにしていることはあれどそれもまた個人の特徴で解決すべき問題として描かれていない。異星人のラムちゃんは、諸星あたるの押しかけ女房(おお良い言葉だ)。そのあたるはガールハント(おお、おお良い言葉だ!)が趣味のなんの取り柄もないダメ男なんだけど、ラムちゃんはずっとあたるが好き。心の奥底では愛し合っていたとしても、あたるは永遠にラムちゃんの望む形の愛情は返さないけど、でもラムちゃんはずっとずっとあたるが好き。なんの理由もなく。それでいーじゃん。「好き」ということに理由なんかないし、それが大前提。身体的特質がそのキャラクターを特徴づけるすべて。それでいーじゃん。そういう世界。おしつけがましいところとか、説明的なところがなくて好きだった。だって、そういうもんじゃんって。


4ヶ月ぶりのデートをすっぽかしたと思った人が3日遅れでやってきた。おかげさまで私は週に二回も特上寿司を食べることができた。それは、それは和やかな午後だった。今日はまさに東京の冬らしい午後。2時過ぎの日差しさえもう髪の毛の色を金色に輝かせるくらいで、景色はどんどん色を失っていく。私は相変わらずタイムリミットぎりぎりのミニスカートで、歩いていると膝小僧からじわじわと体が蒼く染まっていきそう。そもそものんびりとした思考がますます低下する。鼻の付け根だけが唯一敏感な場所になる。そこはあまりにも神経が集中しているのでたぶん今そこに軽く触れられでもしたら、私は衝撃で死んでしまうと思う。やめとけばいいのに、情けない告白をひとつしてみる。袋小路に入るのは私だけなのに。でもだってほらMだから私、と自分に言い聞かせてみる。兎にも角にも私には相談したい事柄があり、それについて的確な応えを頂いた。確信していた通りの応えで満たされた。でもその確信は哀しいものだったので、私はおでこをどこかにくっつけたくなる。どこでもいい。適当なモノを探すけど、おでこをつけれるものって世の中にそうない。おでこをつけたいという欲求をもつ女の子は結構多いんじゃないかと思う。ダッチワイフみたいにおでこのつけ心地がいいものが売ってたらいいのにな。きっとたぶん売れるんじゃないかと思う。
小さな駅で別れて私は渋谷に向かう。このところ活動期に入っていたし邪魔も入って睡眠時間が毎日3時間を切っていた。肌に悪いわ。だから一刻も早く家に帰ればいいのだけど、部屋にはクリスマスパーティーの名残がある。朝ぼんやりと今日の一日について思い巡らした私の残骸がある。家にはまっすぐ帰れない。日曜日の夕暮れに渋谷方面に向かう車両はがらがらだけど座る気にもならず閉まったドアに私はおでこをつけてみる。とても満たされた一日だった。満たされすぎて溢れそう。溺れそう。あー、それが涙になるんですね、なるほどね、と思う。言葉をつなぐ能力も失われて、「ギ」という文字だけが浮かぶ。「ギ」が遠ざかったり近づいたり、くるくる廻っている。渋谷は相変わらず人がたくさんだ。ギ、ギ、と思いながら、本屋やHMVランコム靴屋やアニエスや、いつものコースを一通り廻ったら、家に帰る時間だよほら。ギ。