結局は美味しいものが食べられれば。

sumikko2004-04-26

 昨日の夜遅く知床から釧路に戻ってきました。疲れていたらしくホテルにチェックインしたとたん夕食もとらずにベッドに倒れ込み、昏睡状態へ。朝8時に携帯が鳴るまで全く目覚めなかった。
 今日は道東に来てはじめてすっきりと晴れた。朝食をとりに10階のレストランに行くと窓の外には光り輝く街。雨は好きだけど、晴れるとやっぱりすがすがしいね。
 しかし今日はかなり精神的にやばかった。フラッシュバックの連続。抜けるような青空の下、広大な湿原や見渡す限りの畑の中、車を快適に進めていると、普段は思い出さない過去の記憶が野辺山の観測台から見る流れ星みたいにびゅんびゅん飛んできて、その塊にぶつからないように必死に取材リストとカーナビを睨んでいた。こういうのはたいてい旅の中後期に現れる症状です。現在と過去の出来事の区別かつかなくなる。プライベートな旅ならば、目を閉じてそういう想い出の洪水に浸るのも良い。どっかに流されていっていきつくのも、まあいきつかなくてもいいのだけど、今は仕事中でやらなければならないことが山積み、ではないがそれなりにあって、とにかくリストをこなすまでは漂流するわけにはいかない。
 最後の目的地に釧路市動物園の近くの温泉施設を組んでいた。そこで今日の仕事を終え、ついでに温泉に入ってこようという魂胆。ゆっくりとサウナだの露天風呂だのジャクジーだのに入り、100円のコインマッサージで凝りをほぐし、アイスハーブティーなんか飲んで一息ついた後、釧路に戻ろうと車を発進する。すぐに、左手に閉園した後の小さな遊園地が現れる。水引みたいな単純なラインを描くジェットコースターのレール。寂れた観覧車。夕暮れの光の中。折しもラジオから10ccの「I'm not in love」が流れてきて、もう、だめだ。車を止めて、ひとしきり泣く。以前、同じような光景を確かに見た。ものすごく若い頃だったと思う。でもほんの数年前のことだな。ものすごく単純に感傷的な自分にあきれるし、恥ずかしいね。自分のやっていることに意味をつけたくて、無意識にちょっと昔の文学作品的な行為に浸っているような。でもまあ、誰に迷惑をかけるわけでもなし。こういうことがあってもいいかと思う。旅にでたとき(仕事!)くらい。
釧路に戻ってレンタカーを返して、チェックインした後、急に空腹に襲われる。そういえば昼食をとってなかった。最終日だから豪勢にいこうと思う。昔取材で行ったかなり大手の寿司屋に行こうかなと思い、店の前まで行くが、どうも食指が動かない。こういう直感は無視しない方が良い。で、ふらふらと通りを歩いていると、のれんがぺらっと下がっただけの寿司屋があり、なんとなく好感を持った。がらがらとドアを開けると6人くらいのカウンターと小あがりが二つの小さな店。まだ誰もいない。小柄で生真面目そうで不必要な事は喋らずでも寡黙でもなさそうなご主人がいい感じ。なによりも手が、美しくて私はこの店にして良かったと思った。福司と、生寿司をもらう。お通しの鮭のカマの酢締はこりこりとしていてとても美味しい。カニの内子と外子もだしてもらう。水ダコをさっと火であぶったものは香ばしくて甘くて絶品。もちろんトロとかウニの味については述べるまでもない。ソイの刺身も淡白ながら脂がのっていて味わい深かった。最後にすまし汁をもらったらエビの頭でダシがとってあり、風味豊か。これは丁寧な仕事だな、と思うと、目の前にあるだし巻き卵が無視できなくなり、かなりお腹いっぱいだったのだけど、一切れもらう。生ものを食べていると、こうした火の通ったものというのが体に優しく感じられるね。それで大満足。本当に美味しかった。今回も本当に良い旅(出張)でした。
あ、明日ももう一日残ってるんだった・・・。