この線路は、二度と越えない

リリー・フランキーが、「酒を飲むという入り口をくぐらずに始まることは、 SEXでなく『交尾』、官能ではなく『繁殖』」と書いていたけど、全くそう思う。全日本ロマンチスト選手権&ナルシスシシストアワードに立候補する勢いの私だが、しらふで「私のこと好き?」と顔を覗き込める女の精神状態を問いたい。
このところ、ロマンスに通じない酒ばかりが気になる私。酒という入り口すら、もはや出口。今年はちょっと酒税を支払いすぎたので、住民税を免除してほしい。今日は給料日だった。うちの会社は現金取っ払い。これは危険。気ばかりが大きくなる(カードの支払いは来月10日!私の世界には存在しないボーナス一括払いの支払いはどうするの)。しかし一ヶ月にうち唯一幸せな今日から3日間。環境ホルモンに汚染された薄幸の美少年の応対に逡巡する私をけしかける友人に少年の写真を見せるやいなや、引いて正解ねと言われちょっとむっとする意外に負けず嫌いな自分の一面を発見する微妙な小金持ちの冴えない編集者26歳。身の程をわきまえ、渋谷に新しくできた立ち飲みワインバーに行く。お洒落な内装。一人で飲む女性やサラリーマンなどざっくばらんな雰囲気。ワインは一杯300円から400円。フードも高くて500円。ワインボトルだって1500円くらいからある。二人で軽くボトルは1本空くだろう。しかし先日の泥酔の反省から、安いワインは少量にとどめておくと決めた。大量の安ワインはたぶん、身を汚す。「赤ワインが欲しい、できるだけ重い、飲み応えのあるやつ」とグラスワインを注文しながら一杯400円のワインに的はずれな注文をつけている自分の滑稽さに気が付く。だから食べ物はもろきゅうをお願い、と素朴を装ってみる。自然って何。この世界のどこに、自然な行動があるの。立ち飲みからロマンスは生まれない、と結論づける。生まれることもあろうが、そのようなロマンスには興味がない、と決めつける26歳。そしてすべて歳のせいにする自分にうんざり。「私の冷蔵庫には」。着地地点も決めず切り出して「いつもモエ・エ・シャンドンがあるの。いい女でしょ?」と不明な発言をし「何もなかった日のお祝いに、一人で飲むの」と苦しい隙を作る。
いつか、相手と自分の境目が見えなくなるくらい熱中した日があった。歯磨き直後のキスで粘膜の冷たさに、初めて差異に気づくくらいの。かつて、先にそのゲームから降りたプレイヤーが、再びあの昂揚を求めて、たぶん幾人かを傷つけた。もしかしたら、傷ついたのは私だけかもしれない。とにかく、何があっても私だけは汚れないと誓った。でも、汚れてないことに、何か価値があるの?
たぶん、基本的に、女は悪になれないのだと思う。そして、たぶん、恋をしていない女は自然でいられない。悪女はやめて善女になるわ、煙草を吸いながらそう言いたいけど、私は煙草が吸えない。
だから電話がかけたくなる。それはとても自然な行為だと思う。でも今の私は「君は良い子だね」というこの世で最も光栄で屈辱的な言葉さえ、笑って受け入れる自信もない。そして、裏腹に電話をかけて15分ぶりの会話を交わす。一緒にいたときよりずっと素直を装える自分に安堵しながら、ボロアパートを通り過ぎて初秋に置き忘れた私の最も自然な感情がまだ放置されていないか、踏切の向こうを背伸びして探す。もしまだあったとして、それでどうなるの、とつぶやく。